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●文人と学者の町、一関
岩手県南部、宮城県との県境に位置する一関市は古来、多くの文人・学者を輩出してきた。ことに大槻家は学者一族として有名だ。蘭学者の玄沢、その次男で儒学者の磐渓、さらに磐渓の次男である文彦は我が国初の近代辞書「言海」、「大言海」を著した国語学者として高名である。この3人の胸像が一関駅前に「大槻三賢人」として建っている。
かつて一関を治めた藩主、田村氏も代々、文芸を愛好し、歌人・俳人・漢詩人を生み出す土壌を作った。そのため松尾芭蕉をはじめとした多くの文人が立ち寄り、一関を題材とした作品を発表している。
近現代に入っても幸田露伴、島崎藤村、北村透谷などが一関に足跡を記しているほか、俳人の加藤楸邨さんが旧制一関中学校で学び、作家の井上ひさしさんも中学校時代を過ごしている。
『狂人日記』や『麻雀放浪記』で知られる色川武大さんは一関のジャズ喫茶「ベイシー」を愛し、度々訪れるうちに永住を決意して一関へ転居したが、残念ながらその1ヶ月後に亡くなった。その遺品は一関市に寄贈された。
一関出身の作家も多く、『子育てごっこ』の三好京三さん、ノンフィクション・児童文学作家の及川和男さん、SF作家の光瀬龍さん、歴史小説の中津文彦さん、動物と自然保護をテーマに書き続けている遠藤公男さん、明治維新と東北をテーマに作品を発表している星亮一さんなどが知られている。
今回、一関の街を案内してくれた内海隆一郎さんも3歳のとき一関に移り住み、20歳までの多感な時期をこの町で過ごした。
一関を舞台に多くの小説やエッセイを書き続け、「いまだ私は故郷に恋をしている」と語る内海さんとともに一関を巡り、作家と故郷、そして東北文化の奥深さに耳を傾けよう。
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